娘が可愛いレース編みを
プレゼントしてくれました。
彼女が最近始めた趣味です。

昔、毛糸でエコたわしを編むのにも苦労して
編み物は苦手とあきらめていたような…。
今回もほとんど独学で学び、
今では編み図を見ながら新作を
ドンドン作り上げています。

 

編み物って、性格が出ますね。
私も手芸好きでしたから、
レース編みに挑戦したことがあるんです。

文章が過去形なのは、
自分に向いていないと悟ってやめたから!


おおざっぱな私は、
編み上げるスピードは速いんです。
長時間かかるとイライラして、
早く仕上げたくなってしまう。

すると手が荒くなりますよね。
図案通りに編んでいるのに、
どんどん手がゆるくなって
編目のサイズが大きくなっていくのです。

結果、きれいな模様にならないし、
作品が波打ってしまうんですね。

 

それに引き換え、几帳面な娘は、
少しでも気に入らないと、
せっかく編んだ目をほどいてやり直します。

小さな作品でも、結構時間がかかります。

でも、きっちりと編んでいくので、
編目が揃っていて、
出来上がりのかたちも見本通り!

 

そうなると、
作品に対する愛情も違うんですね。

 

私は編んでいる時間と、
作品が出来上がる過程を
楽しむタイプのようで、
出来上がった作品に執着がありません。

なので、洋服や、手芸などの
どんな手作り作品でも、
必要が無くなれば、
捨ててしまうんですね。

さすがに娘のために作った
子ども服は数点残していますが、
せいぜい写真を撮ったら
安心して捨てられます。

 

でも娘は違います。
苦労して作った作者の想いを読み取るので、
頂いた作品はもちろん手紙も
捨てられないタイプなんです。 

 

 

そんな娘が先日
「夢で泣きながら目が覚めた」
と言うんです。

朝食を食べながら聞いてみると
自分が丹精込めて作り上げたレース編みを、
私がこともなげに
「もう要らないから捨てる」
と目の前で捨てられた夢だったそうで…。

 

あくまで夢の話なのですが、
昔の私なら、彼女の気持ちを推し量れずに、
自分の一存でそうしていただろうなと思ったのです。

私の記憶には残っていなくても、
娘の心には私の行動に対する
それに類似した悲しさ悔しさの体験が
あるのだろうと思いました。

 

物事への取り組みものに込められた想い
そんな感性の部分
大きく違いっている私たち母娘です。

かなり意識できるようになった今でも、
知らずに娘を傷つけてしまう私がいます。
それでも、相手に悪意がないと、
感性の違いからくることだと、
それを受けとめられるようになった娘がいます。


どうも今の世の中は、
鈍感な私のようなタイプの方が
生きやすいようです。


繊細な感性を持つ娘は
小さい頃からずっと
生きにくさを感じてきました。

 

どちらが「良い」とか「悪い」ではありません。
どちらかに偏る必要もないと思います。
「白」でもなく「黒」でもなく「グレー」でしょうか?

 

意見がぶつかることもあっていいんです。
これだけ長い期間つきあってきた母娘でも
「へぇ~!そんな事考えてるんだ!」
「私には、思いもつかないよ」
と新しい発見がある毎日です。

お互いの違いを認め合ったうえで、
より良い方向を一緒に考えられる
そんな環境が増える事
それを願って、発信を続けたいと思っています。